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Twitterを再開した理由とSNSの話 
私は2011年頃にTwitterを辞めていて
先日、再開したのですが今日は再開に至るまでの経緯について
他のSNSとの動向とも交えながら書きたいと思います。


Twitterを辞めるまでのSNSの変遷


辞める前の私は仲間内のみの利用をメインとしてTwitterを使っていました。
稀に著名人をフォローしたりもしていましたが、ほとんどが知り合いをフォローしていました。
その背景には、mixiの延長線上として使おうとしていた経緯があります。

始めた頃には既にmixi疲れにより、同サービスは廃墟と化していて、
オンライン上で友人たちと繋がれるサービスが無い状態でした。

そこで登場したのがTwitterで、スマホの後押しもあったのと、
mixiは形式が「日記」であったこともあり、更新するのに手間を要したことで
ユーザが離れていった感がありますが、Twitterは手間という点では
最強の簡素さを武器にmixiの時以上に急速に流行っていきました。

ところが、2011年からのFacebookブームによって状況が変わりました。

内輪だけで使っていたTwitterユーザは、段々と利用頻度が減っていき、
プライベートのイベント報告や、それに対するコミュニケーションなどはFacebookに移行していきました

そんなこんなで、内輪を中心としていた私としては必然とFacebookへ移行していった訳です。


今度はFacebook疲れ?


さてさて、更に時は流れて、昨年末から「Facebook疲れ」について、
日本だけでなく世界中で指摘がされ続けています。

私の場合は、確かに更新頻度は減っていますが、上記の「疲れ」というのには
違和感があり、mixiの時とは違う感覚でいます。

キーワードは「住み分け」です。

オワコン事業者が良く言うようなワードですが、
要は以下の理由です。

まず、Facebookは余りにもユーザが増えすぎてパブリックな要素が強まり過ぎました。
公共空間で大勢の知り合いに向かって大声で発言することと同等の重みを持ってしまい、

書き込みの際には責任が伴うようになってしまったのと、
写真をつけてイベント報告をすることばかりといった
リア充自慢が蔓延していることもあって、イベント記録のような要素に限定した使い方に
フォーカスされていっている印象があります。


そんな理由もあり、気軽な発言がし辛くなってきたFacebookはあくまで公共的なイベントログとして使い、
Twitterはもっと軽いノリの発言の場として使うことで住み分けることにしたのです。


内輪ツール以外としての使い方


Facebookブームを乗り越えてTwitterに戻ってきた
今だからこそ、わかってきたTwitterの利点があります。


まずは、情報収集としての利点です。


再度始めるにあたって、知り合いばかりをフォローしていた以前の運用を改め
ネット界の著名人や政界、経済人などの有識者をフォローすることで
メディアを通さないナマの声に触れられる機会が増えました。

何故かTwitterは、Facebook等の他のSNSに比べて
著名人の利用頻度がダントツで多く

ニュースサイトよりもリアルなメディアとしても
十分に利用できることがわかりました。


次にリアルタイム性です。


そんなことは、Facebookが来る前の時からわかっていたことですが
再開してみて感じるのは、ユーザが以前より利用方法に長けてきているように感じます。

先日の大雪の時などは、リツイート拡散力などで大分助けられました。


最後に発信力です。


これは、私のことではなく、他のユーザを見ていて感じています。
一般ユーザであっても、著名人とやり取りや、リツイートをされることで
知らない人へも発言が行き渡り、
個人の発言力が高まったり、それにより他のユーザとの触れ合いの場ができるなどという、
以前の2ちゃんねるに見られたような現象が散見されます。


というわけで、Twitterを再開してみて
以前とは世界観が変わったように感じましたので
その理由を文字におこしてみました。


何ぶん拙い文書力ゆえ、Twitterでも大したことはつぶやけてませんが
興味のある方は是非フォロー頂ければと思います。




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